令和8年度診療報酬改定では、在宅医療における多職種連携を加速させる新評価が誕生します。それが、医師と薬剤師が同時に患者宅を訪問する行為に対する新点数です。
なぜ今、わざわざ「同時訪問」を診療報酬で評価する必要があるのでしょうか。本記事では、新点数の単なる紹介にとどまらず、その背景にある「設計思想」と現場運用のリアルな勘所を、医療機関・薬局の実務担当者向けに解説します。
- 「半年に一度の戦略会議」という新しい発想
- 改定の背景|なぜ「同時訪問」が必要だったのか
- 新設点数|医科300点・調剤150点の算定要件
- 実務運用の3つの落とし穴|現場が陥りやすい失敗パターン
- 経営視点|新点数を「単発の収益」で見ないこと
- まとめ|「点数」ではなく「仕組み」の改定として捉える
「半年に一度の戦略会議」という新しい発想
今回の新評価を理解するうえで、まず押さえたいキーワードがあります。それは「戦略会議」です。
両点数の算定上限は「6月に1回」に設定されています。日常的な服薬指導とは明らかに異なる頻度です。この設計には、半年に一度、医師と薬剤師が膝を突き合わせて処方プランを根本から見直す機会を制度化するという意図が見え隠れします。
つまり今回の改定は、日々の業務の延長線上に「同時訪問」を加えるのではありません。「半年に一度の戦略的なタイミングで、医師と薬剤師が同じ場で患者に向き合う」という新しい働き方を後押しする仕組みなのです。
改定の背景|なぜ「同時訪問」が必要だったのか
ポリファーマシー(多剤併用)と残薬問題は、在宅医療における長年の構造的課題でした。
在宅患者は複数の疾患を抱えることが多く、処方薬が重複しやすい傾向があります。結果として、服薬アドヒアランスの低下と医療資源の浪費が発生しています。
これまでは、訪問診療と訪問薬剤管理指導が別々のタイミングで実施されるのが一般的でした。同時訪問に対する診療報酬上のインセンティブが存在しなかったためです。情報共有はカルテや薬歴を介した「非同期」のやり取りに依存し、処方意図と服薬実態の間にタイムラグが生まれていました。
今回の改定により、医師の診察時に薬剤師が同席する運用が現実的な選択肢となります。処方意図の即時共有と服薬状況のリアルタイム確認が一度に完結する。これまで「あったらいいな」だった連携が、診療報酬の後押しを得て「やる理由のある」連携へと変わるのです。
新設点数|医科300点・調剤150点の算定要件
新設される2つの点数を、医科側・調剤側それぞれの視点で整理します。
医科|訪問診療薬剤師同時指導料(300点)
訪問診療を行う医師が薬剤師と同時に患者宅を訪問し、療養上必要な指導を行った場合に算定できる点数です。
対象患者は、当該保険医療機関で「在宅時医学総合管理料」を算定している通院困難な在宅療養患者です。さらに、他の保険医療機関もしくは保険薬局で「在宅患者訪問薬剤管理指導料」を算定している、または病院・診療所・保険薬局で「居宅療養管理指導費」(薬剤師が行う場合)を算定している必要があります。
注意点として、施設入居時等医学総合管理料の対象患者は除外されます。また、当該保険医療機関を退院した患者に対し、退院日から1月以内に行った指導の費用は入院基本料に包括されるため、別途の算定はできません。
調剤|訪問薬剤管理医師同時指導料(150点)
訪問薬剤管理指導等を行う薬剤師が、訪問診療を実施している保険医療機関の保険医と同時に訪問し、薬学的管理および指導を行った場合に算定できる点数です。
対象は通院困難な在宅療養患者であり、具体的には次のいずれかを算定している方が該当します。「在宅患者訪問薬剤管理指導料」(単一建物診療患者が1人の場合)、「在宅患者緊急訪問薬剤管理指導料」(単一建物診療患者が1人の場合)、「居宅療養管理指導費」(薬局の薬剤師が行う場合で単一建物居住者が1人の場合)、「介護予防居宅療養管理指導費」(薬局の薬剤師が行う場合で単一建物居住者が1人の場合)の4区分です。
医療保険側では「単一建物診療患者」、介護保険側では「単一建物居住者」と用語が異なる点に注意が必要です。いずれも「該当する建物に対象者が1人だけ」という条件であり、実質的には同じ趣旨ですが、告示を参照する際は正式名称で確認しましょう。
調剤側ならではの注意点として、併算定制限があります。これについては次のセクションで詳しく解説します。
実務運用の3つの落とし穴|現場が陥りやすい失敗パターン
新点数の算定を確実にするために、現場で陥りやすい3つの落とし穴を整理します。
落とし穴1|「偶発的な同席」は算定対象外
調剤側では特に「計画性」が問われます。患者の容態急変時にたまたま医師と薬剤師が同席するような偶発的なケースでは算定できません。
具体的には、「在宅患者緊急時等共同指導料」または「在宅移行初期管理料」に係る指導等を同日に行った場合は対象外となります。同時訪問が評価されるのは、あくまで事前に計画されたチーム医療に限られるという設計思想です。事後的な算定ではなく、事前のスケジュール設計が鍵を握ります。
落とし穴2|「口頭同意」では不十分
両点数ともに、患者または家族等からの事前の同意取得が前提となります。
ここで重要なのは、同意取得の事実と内容を必ず記録に残すことです。口頭同意だけでは、後日の指導対応で問題になる可能性があります。カルテや薬歴に「同意取得日」「同意内容」「同意者」を記載する運用を徹底しましょう。
落とし穴3|「訪問頻度」と「算定頻度」の混同
「6月に1回」という算定上限は、訪問頻度ではなく算定頻度です。
実務上、医師と薬剤師が同時訪問する機会自体は半年に1回より多くてもかまいません。ただし、診療報酬上で評価されるのは「6月に1回」までという意味です。この点を医療機関と薬局で共通認識として持つことが、後のトラブル回避につながります。
経営視点|新点数を「単発の収益」で見ないこと
医療機関と薬局の経営視点で見たとき、この新点数は単なる収益機会ではありません。
医科300点・調剤150点という点数だけを見れば、決して大きな金額ではないかもしれません。しかし、注目すべきはその先にあります。同時訪問を計画的に組み込んだ運用体制が構築できれば、患者の薬剤関連トラブルが減少し、緊急対応コストの削減や入院回避につながります。長期的に見れば、在宅医療提供体制全体の質と効率が向上するわけです。
つまり、この新点数は「半年に一度のお小遣い」ではなく、「在宅医療の質的転換への投資」と位置づけるべきです。算定要件を機械的に追うのではなく、自院・自局の在宅医療提供体制全体を見直すきっかけとして活用することをおすすめします。
まとめ|「点数」ではなく「仕組み」の改定として捉える
令和8年度改定における医師・薬剤師の同時訪問評価は、単なる点数追加ではなく、在宅医療のチーム医療をシステム的に統合するメッセージです。
実務担当者に求められるのは、対象患者の要件確認、事前の同意取得、計画的な訪問スケジュールの調整という3点の地道な運用整備です。「半年に一度の戦略会議」という発想を組織に浸透させることが、この新点数を活かす最大の鍵となります。
本件のより踏み込んだ考察や、現場の生の声については、ぜひLISTENのポッドキャストエピソードもお聴きください。文字では伝えきれないニュアンスや、現場ならではの「あるある」を交えてお話ししています。