医学の進歩によって診断できる遺伝性疾患は年々増えています。一方で、その検査を保険で実施できるかどうかは、診療報酬のルールが追いついて初めて決まります。令和8年度診療報酬改定では、この「医学と制度のギャップ」を埋める見直しの一つとして、遺伝学的検査の対象疾患が拡大されました。本記事では、変更点を3つに絞り、レセプト実務で押さえるべきポイントまで解説します。
改定の背景:指定難病の追加と「算定の不整合」
今回の見直しの出発点は、指定難病の追加です。指定難病とは、難病のうち患者数や診断基準などの条件を満たし、国が医療費助成の対象として定めた疾患を指します。この指定難病は近年も追加が続いており、なかには確定診断に遺伝学的検査が必須となる疾患が含まれていました。
ここで問題となるのが、制度のタイムラグです。診療報酬の改定は原則として2年に1回のため、新しい疾患がすぐにリストへ反映されるわけではありません。遺伝学的検査は、あらかじめ定められたリストにある疾患でなければ算定できない仕組みです。そのため、診断ガイドライン上は検査が欠かせないのに、保険診療として算定できない疾患が生じていました。今回の改定は、この不整合を解消し、難病患者が必要な検査を確実に受けられる体制を整えることをねらいとしています。
変更点① 検査区分エ・オを中心とした対象疾患の拡大
最大の変更点は、検査区分エと区分オを中心に、20を超える疾患が新たに対象へ加わったことです。遺伝学的検査のリストは、検査の手法や実施体制に応じて区分が分かれており、今回の追加は専門性の高い区分エ・オに集中しています。
区分エ:届け出た医療機関で実施する検査
区分エは、厚生労働大臣が定める施設基準を満たし、地方厚生(支)局長へ届け出た保険医療機関で算定できる疾患群です。今回は、レット症候群、ロウ症候群、三好型ミオパチー、肺胞低換気症候群、脳腱黄色腫症、先天性魚鱗癬、眼皮膚白皮症、シャルコー・マリー・トゥース病などが新たに追加されました。
区分オ:他の検査で診断がつかない場合の検査
区分オは、区分エの条件に加えて、「臨床症状や他の検査では診断がつかない場合」という条件が付く疾患群です。今回は、無虹彩症、レーベル遺伝性視神経症、進行性骨化性線維異形成症、ウェルナー症候群、コケイン症候群、ダイアモンド・ブラックファン貧血などが追加されました。確定診断が難しく、遺伝学的検査が診断の決め手となる疾患が中心です。
変更点② 疾患名の変更と区分の整理
2つ目の変更点は、疾患名の変更と区分の整理です。これは事務的な修正にとどまらず、医学的な疾患のとらえ方の更新を反映したものと考えられます。レセプト実務では、見慣れた病名が置き換わっている点に注意が必要です。
名称変更は3件あります。区分アの「家族性アミロイドーシス」は「全身性アミロイドーシス」へ、区分エの「ペリー症候群」は「ペリー病」へ、区分オの「禿頭と変形性脊椎症を伴う常染色体劣性白質脳症」は「HTRA1関連脳小血管病」へ変わりました。たとえばHTRA1関連脳小血管病は、原因となる遺伝子の名称を冠した呼称で、近年の病名整理の流れに沿ったものとみられます。
区分の整理としては、「ロイス・ディーツ症候群」が区分ウから外れ、区分エで「マルファン症候群/ロイス・ディーツ症候群」として併記される形になりました。両者はいずれも結合組織にかかわる疾患であり、関連の深い病態として整理されたものと考えられます。
変更点③ 算定回数と施設基準の実務留意点
3つ目は、実務で必ず押さえたい算定回数と施設基準です。対象疾患が拡大しても、算定の基本的な枠組みは現行から変わっていません。
算定回数は、原則として患者1人につき1回までです。2回以上実施する場合は、その医療上の必要性を診療報酬明細書の摘要欄に記載する必要があります。
施設基準は、区分エと区分オで求められます。これらの検査は、厚生労働大臣が定める施設基準に適合し、地方厚生(支)局長へ届け出た保険医療機関でのみ算定できます。今回追加された疾患の多くはこの2区分に属するため、検査を実施する前に自院の届出状況を確認することが欠かせません。
まとめ
令和8年度診療報酬改定における遺伝学的検査の対象疾患拡大は、医学の進歩を制度へ反映させる重要なアップデートです。検査区分エ・オを中心に20を超える疾患が新たに対象となり、一部では名称変更や区分整理もあわせて行われました。実務では、原則1人1回の算定回数と、区分エ・オで求められる施設基準の届出を、あらためて確認しておきましょう。
なお、各疾患の正式な要件や施設基準の詳細は、厚生労働省の告示・通知でご確認ください。
本記事のテーマは、以下のポッドキャストでも音声で解説しています。今後の医療と制度のあり方を考えるきっかけとして、あわせてご活用ください。