令和8年度診療報酬改定では、在宅療養支援診療所および在宅療養支援病院(以下、在支診・在支病)の施設基準が見直されます。すべての在支診・在支病に対して、業務継続計画(BCP)の策定と定期的な見直しが新たに必須化されます。既届出施設には令和9年5月31日までの経過措置が設けられますが、対応期限は決して長くなく、医療機関には早期の体制整備が求められます。
本記事では、改定の概要を押さえたうえで、現場で問われる「書類で終わらせない、実効性あるBCP」の構築ポイントを掘り下げて解説します。
- 改定の背景|なぜ今、BCP策定が義務化されるのか
- 対象範囲|例外なき「全在支診・在支病」への適用
- BCPに盛り込むべき具体的な運用メカニズム(一般的な実務ノウハウ)
- 経過措置と地域連携による対応戦略
- まとめ|「災害時にも途絶えない地域インフラ」への進化
改定の背景|なぜ今、BCP策定が義務化されるのか
今回の義務化の背景には、災害時の在宅医療提供体制に対する制度的な危機感があります。これまでの施設基準で求められていた24時間の往診体制は、通信や電力などのインフラが機能している平時を前提としており、災害時の業務継続を保証するものではありませんでした。
現状のBCP策定率の低さも、義務化を後押しする決定的な要因です。令和2年度の厚生労働科学特別研究事業によれば、BCPを策定している割合は在支病で32%、在支診ではわずか11%にとどまっています。人工呼吸器を使用する患者などにとって、災害時の診療途絶は生命に直結する重大なリスクであり、第8次医療計画でもBCP策定の推進が重点課題として位置づけられました。
つまり今回の改定は、平時と災害時のギャップを埋めるべく、努力目標から施設基準へと位置づけを引き上げた、制度的転換点といえます。
対象範囲|例外なき「全在支診・在支病」への適用
施設基準には「業務継続計画の策定及び定期的な見直しを行うこと」という新項目が追加されます。この要件は、機能強化型(単独型・連携型)および機能強化型ではないすべての在支診・在支病に一律に適用されます。
規模や機能区分にかかわらず、対象となる全施設で対応が求められる点が大きな特徴です。「自院は小規模だから対象外」という認識は通用しません。在支診・在支病として届出を行っている時点で、すべて対応の必要があります。
BCPに盛り込むべき具体的な運用メカニズム(一般的な実務ノウハウ)
ここからが、本記事の核心となる実務論です。
ただし、最初にひとつ重要な注記があります。今回の施設基準が求めているのは「業務継続計画の策定及び定期的な見直し」という枠組みのみであり、計画の具体的な中身は各医療機関の判断に委ねられています。以下で紹介する内容は、改定で明文化された要件ではなく、実効性あるBCPに一般的に盛り込まれる要素を、現場視点で整理したものです。
1. 停電時の医療機器バッテリー管理
在宅で人工呼吸器や在宅酸素濃縮器を使用している患者にとって、停電は即座に生命の危機を意味します。患者ごとのバッテリー残量、予備バッテリーの配備状況、自家発電装置の設置有無を一元管理する仕組みが有効です。あわせて、停電発生時に誰が・どのタイミングで・どの患者を訪問するかの優先順位を明確化しておくことが重要です。
2. 重症度に応じたトリアージリストの作成
災害発生時、限られたリソースを最も必要な患者に振り向けるためには、患者の重症度に基づくトリアージリストが不可欠です。生命維持装置の使用状況、医療依存度、家族のサポート体制などを基準に、訪問優先順位を平時から整理しておきます。
3. 通信手段の多重化
携帯電話網が途絶した際に備え、衛星電話やMCA無線、災害時優先電話など、代替通信手段の確保が考えられます。職員間の連絡網だけでなく、患者・家族との連絡手段、地域の医療機関や自治体との連携手段も含めて多重化を図ります。
4. スタッフの動線確保と参集ルール
災害時に職員が安全に参集できる経路、夜間・休日の連絡ルート、自宅被災時の対応ルールを整備します。職員自身の安全が確保されない限り、患者対応は継続できません。
5. 定期的な見直しと訓練による実用化
施設基準が求めているのは「策定及び定期的な見直し」です。具体的な頻度は明示されていませんが、実務上の標準として年1回程度の見直しが目安となります。あわせて、避難訓練やシミュレーションを通じた実効性の検証が、計画を絵に描いた餅で終わらせないための鍵となります。
経過措置と地域連携による対応戦略
経過措置の適用については、令和8年3月31日時点で現に届出を行っている医療機関に対し、令和9年5月31日までの猶予期間が設けられます。一方で、改定施行後に新規届出を行う施設には経過措置がなく、届出時点でのBCP整備が前提となります。
実務上のポイントは、自院単独での完璧な策定にこだわらないことです。ゼロから作り上げる必要はなく、以下のリソースを積極的に活用することが現実的な戦略となります。
- 厚生労働省が公開している在宅医療BCP策定の手引き
- 地域医師会の研修・テンプレート提供
- 在宅医療連携拠点の支援事業
- 近隣の在支診・在支病との合同訓練や情報共有
特に、災害時の相互支援という観点では、地域内の他施設との連携体制を平時から構築しておくことが、計画の実効性を大きく高めます。
まとめ|「災害時にも途絶えない地域インフラ」への進化
令和8年度診療報酬改定におけるBCP策定の義務化は、在支診・在支病の役割そのものを再定義する重要な転換点です。これまでの「平時の医療機関」から、「災害時にも途絶えない地域のインフラ」へと、求められる立ち位置が引き上げられました。
医療機関の経営層や実務担当者は、施設基準の維持という観点だけでなく、地域の在宅療養患者の生命を守る責任という観点からも、実効性ある計画策定に早期着手することが求められます。
本テーマに関する詳細な解説は、音声配信(LISTENのエピソード)でも配信していますので、併せてご活用ください。