病院事務長 岡大徳の実務・制度ナビ|診療報酬改定・施設基準・医療DX

急性期から回復期まで幅広い医療機関で実務を経験し、現在は病院事務長として現場を支える岡大徳が、複雑な制度や専門用語を実務家の視点でわかりやすく解説します。より深い時事考察や最新ニュースはSubstackにて配信中。

【令和8年度診療報酬改定】抗HLA抗体検査の算定要件はこう変わる|感作歴の限定削除と実務対応

令和8年度診療報酬改定では、抗HLA抗体スクリーニング検査の算定要件が見直されます。変更されるのは対象患者の範囲だけです。日本臓器移植ネットワーク(以下、JOT)に移植希望者として登録された患者は、輸血歴や妊娠歴等の感作歴がなくても算定できるようになります。一方で、原則1年に1回という算定回数と、追加算定時の摘要欄への記載要件は従来どおり維持されます。

この記事では、個別改定項目「Ⅲ-5-5-④ 抗HLA抗体検査の算定要件の見直し」を、医事課や移植コーディネーターの実務目線で整理します。改定の背景となったデータ、条文のどこが削除されるのか、そして請求時に何を確認すべきかを順に確認していきましょう。改定の全体像は、厚生労働省の令和8年度診療報酬改定のページでも公開されています。

改定の背景:感作歴がなくても抗HLA抗体は陽性になる

改定の背景には、感作歴を検査対象の指標とすることの限界があります。感作歴とは、輸血や妊娠、過去の移植などを通じて、免疫が他人のHLAに反応する状態になった経験を指します。この経験がない患者にも抗体陽性者が相当数存在することが、中医協の議論で示されました。

令和6年度改定で設けられた「感作歴」の要件

令和6年度改定は、移植前の抗HLA抗体検査を新たに保険適用としました。移植前の抗HLA抗体は、ドナー選択や移植後の治療方針を左右する因子です。この因子を事前に把握できれば、術前の脱感作などの対応が可能となり、臓器生着率の向上につながります。

ただし、令和6年度改定の時点では、対象が感作歴のある症例に限定されました。抗体陽性の可能性が高い患者を効率的に検査するという設計です。この設計自体には、限られた検査資源を有効に使うという合理性がありました。

感作歴のない患者の陽性率を示す3つのデータ

しかし、その後の知見は、感作歴のない患者にも高い陽性率があることを示しています。中医協資料では、次の3つのデータが引用されました。いずれも対象となる集団が異なる点にご注意ください。

  • 63%:感作歴がないと考えられる一般健常男性のうち、MFI 1000以上の抗HLA抗体(クラスⅠ・Ⅱ)を有する割合(海外報告)
  • 77%:腎移植待機患者のうち、感作歴のない患者が抗HLA抗体検査で陽性となる割合(海外報告。MFI 1000をカットオフとした値)
  • 35.9%:生体腎移植待機患者のうち、感作歴のない78例中28例が抗体スクリーニング検査で陽性(国内報告)

なお、35.9%の報告は生体腎移植の待機患者を対象としたものです。今回の見直しで対象となるJOT登録者とは母集団が異なるため、背景を示すデータとしてご覧ください。

これらのデータが示すのは、「感作歴がない、イコール、抗体陰性」という前提が成り立たないという事実です。感作歴による絞り込みでは、陽性患者を取りこぼす可能性があります。この問題意識が、対象患者の見直しにつながりました。

算定要件の変更点:削除されるのは1つの文言だけ

算定要件の変更は、自己抗体検査「48」抗HLA抗体(スクリーニング検査)の算定要件(29)に生じます。変更の実質は、対象患者を限定する文言の削除です。

新旧の条文を比べる

現行の要件と改定案の要件は、次のように対応します。

現行(令和6年度改定で設けられた要件)

「48」の抗HLA抗体(スクリーニング検査)は、肺移植、心移植、肝移植、膵移植、小腸移植若しくは腎移植後の患者又は日本臓器移植ネットワークに移植希望者として登録された患者であって、輸血歴や妊娠歴等から医学的に既存抗体陽性が疑われるものに対して実施した場合に、原則として1年に1回に限り算定する。(以下略)

改定案

「48」の抗HLA抗体(スクリーニング検査)は、肺移植、心移植、肝移植、膵移植、小腸移植若しくは腎移植後の患者又は日本臓器移植ネットワークに移植希望者として登録された患者に対して実施した場合に、原則として1年に1回に限り算定する。(以下略)

太字の部分が削除されます。この削除により、JOTに移植希望者として登録された患者は、感作歴の有無を問わず算定の対象となります。

移植後の患者に変更はない

ここで誤解しやすいのが、移植後の患者の扱いです。移植後の患者は、令和6年度改定より前から算定の対象とされていました。感作歴の限定は、令和6年度改定で移植希望登録者を追加した際に付された条件です。したがって、今回削除される文言は、移植希望登録者に係る条件として理解してください。移植後の患者の取扱いに、実質的な変更はありません。

実務対応:対象患者の判定と請求時のチェックポイント

実務では、対象患者の判定と追加算定時の記載、この2点を押さえれば足ります。対象が広がったからといって、検査の頻度を増やせるわけではない点にご注意ください。

対象患者は2つの質問で判定できる

対象患者の判定は、次の2つの質問で完了します。

  1. その患者は移植後の患者か(肺・心・肝・膵・小腸・腎)。該当すれば算定可能です。ここは従来どおりで、変更はありません。
  2. その患者はJOTの移植希望登録者か。該当すれば算定可能となり、感作歴の確認は不要です。ここが今回変わった部分です。

いずれにも該当しない場合、本要件での算定はできません。感作歴の限定がなくなった一方で、JOTへの登録という要件は残ります。この点を混同しないよう注意してください。

なお、電子カルテやオーダリングシステム上でJOTの登録状況を確認できる運用を整えておくと、請求時の確認がスムーズになります。これは通知上の必須要件ではなく、あくまで実務上の備えです。

追加算定時に記載すべき2つの要素

算定回数は、原則として1年に1回です。抗体関連拒絶反応を強く疑う場合等、医学的必要性がある場合には、1年に1回に限り更に算定できます。つまり、上限は合計で年2回までです。

この追加算定を行う場合は、次の2つの要素を記載する必要があります。

  • 追加算定を行う理由
  • 実施の医学的な必要性

記載先は、診療録と診療報酬明細書の摘要欄の2か所です。緩和されたのは対象患者の入り口のみであり、記載を欠いた追加算定は返戻や査定につながるおそれがあります。

よくある質問(FAQ)

感作歴がなくても算定できるようになるのは、どの患者ですか。
日本臓器移植ネットワーク(JOT)に移植希望者として登録された患者です。今回の見直しにより、輸血歴や妊娠歴等の感作歴の有無を問わず、抗HLA抗体スクリーニング検査を算定できます。一方で、JOTへの登録という要件そのものは残るため、登録のない患者について本要件で算定することはできません。算定にあたっては、登録状況の確認が前提となります。
移植後の患者についても算定要件が変わりますか。
移植後の患者の取扱いに、実質的な変更はありません。肺移植、心移植、肝移植、膵移植、小腸移植または腎移植後の患者は、令和6年度改定より前から算定の対象とされていました。今回削除される「輸血歴や妊娠歴等から医学的に既存抗体陽性が疑われるもの」という文言は、令和6年度改定で移植希望登録者を追加した際に付された条件です。
対象患者が広がると、検査は年に何回まで算定できますか。
算定回数の上限は従来どおりで、原則として1年に1回です。ただし、抗体関連拒絶反応を強く疑う場合等、医学的必要性がある場合には、1年に1回に限り更に算定でき、合計で年2回までとなります。追加算定を行う際は、その理由と医学的な必要性を、診療録および診療報酬明細書の摘要欄に記載する必要があります。

まとめ:変わる点と変わらない点を分けて運用する

令和8年度改定における抗HLA抗体検査の見直しは、対象患者の範囲に限った変更です。JOTの移植希望登録者は、感作歴の有無を問わず算定できるようになります。この見直しの背景には、感作歴のない待機患者でも抗体陽性率が高いという国内外の報告があります。

一方で、原則1年に1回という算定回数、追加算定時の摘要欄への記載要件は、いずれも維持されます。実務では、変わる点と変わらない点を分けて運用してください。感作歴を問わない網羅的な検査によって移植前の抗体把握を確実にすることが、臓器生着率の向上への第一歩となります。