令和8年度診療報酬改定では、適切な訪問看護提供体制の構築と指定訪問看護事業者の適正な手続きの確保を推進するため、運営基準の大幅な見直しが行われます。この見直しは、指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準(平成12年厚生省令第80号)の改正として実施され、4つの新規定追加と2つの既存規定の改正で構成されます。
本記事では、訪問看護事業者の経営層や実務担当者に向けて、改定内容を整理するとともに、施行に向けて自社で確認すべき実務チェックリスト10項目を掲載します。記事の後半をそのままチェックリストとして活用できる構成です。
なぜ訪問看護の運営基準が見直されるのか|改定の背景
今回の改定の背景には、訪問看護における利用者の自由な選択の保護と、ケアの透明性向上が急務となっている現状があります。一部で懸念されていた不適切な誘引行為や特定の施設への誘導を明確に禁止することで、健康保険事業の健全な運営を確保する狙いがあります。
加えて、安全管理に対する考え方も大きく変わります。事故発生後の対応だけでなく、事故を未然に防ぐための組織的な体制構築が求められるようになります。これは「事後対応型」から「予防+事後対応型」への、明確なパラダイムシフトです。
改定で新設・改正される6つの規定
今回の改定は、4つの新規定追加と2つの既存規定改正の、合計6つの規定で構成されます。それぞれの内容を順に見ていきます。
第5条の2・第5条の3|適正な手続きと健全な運営の義務化
第5条の2と第5条の3では、指定訪問看護事業者に対して、適正な手続きの実施と健康保険事業の健全な運営確保が義務付けられます。
第5条の2は、申請・届出等の手続きと費用請求手続きの適正化を求める規定です。厚生労働大臣または地方厚生局長等への申請・届出に係る手続きを適正に行うことに加えて、訪問看護療養費に関する費用の請求も適正に行うことが求められます。
第5条の3は、健康保険事業の健全な運営を損なわないよう努めることを求める規定です。この努力義務は、指定訪問看護の提供全般に及び、後述する誘引禁止規定の基礎となる原則でもあります。
第5条の4・第5条の5|誘引・誘導行為の明確な禁止
第5条の4と第5条の5では、訪問看護事業者による不適切な誘引行為と誘導行為が明確に禁止されます。
第5条の4は、経済上の利益の提供による誘引を2つの観点から禁止します。1つ目は利用者本人への誘引であり、収益業務に係る物品の対価の値引きなどが該当します。2つ目は紹介者への対価提供による誘引であり、他の事業者やその従業員への金品提供などが該当します。
第5条の5は、特定の主治医や特定の事業者等への誘導の対償として、金品その他の財産上の利益を収受することを禁止する規定です。対象となる事業者等は、指定居宅サービス事業者(特定施設入居者生活介護に限る)から指定介護予防支援事業者まで第一号から第七号として列挙された7類型と、第八号で規定される、これらの事業者等と特別の関係にある事業者です。
第28条・第30条|安全管理体制と6種類の記録整備
第28条と第30条の改正では、安全管理体制の確保と記録整備の義務化が行われます。
第28条では、事故発生時の対応に加えて、新たに第3項として安全管理体制の確保が義務付けられます。指定訪問看護事業者は、指定訪問看護に係る安全管理のための体制を確保しなければなりません。
第30条では、整備すべき記録の種類が明示的に列挙されます。具体的には、訪問看護記録書、訪問看護指示書、訪問看護計画書、訪問看護報告書、市町村等に対する情報提供書、市町村等との連絡調整に関する記録の6種類です。これらの記録は、完結の日から2年間保存することに加えて、正確かつ最新の内容を保つよう整備することも求められます。
自社で確認すべき実務チェックリスト10項目
ここからは、施行に向けた準備状況を点検するためのチェックリストです。自社の対応状況に照らし合わせて、各項目を確認してください。
コンプライアンス編(5項目)
第5条の2から第5条の5までの新規定に対応するチェック項目です。営業手法や提携先との取引関係を中心に確認します。
□ 1. 行政への申請・届出フローが文書化され、適正に運用されているか □ 2. 訪問看護療養費の請求プロセスに、内部監査の仕組みが設けられているか □ 3. 利用者本人への値引きや特典提供を行っていないか、過去の事例を含めて点検したか □ 4. 紹介者・他事業者への謝礼やバックマージンの提供がないか、契約・実態の両面で確認したか □ 5. 提携先(主治医・指定居宅サービス事業者等)との金銭授受について、適法性を審査したか
安全管理・記録編(5項目)
第28条と第30条の改正に対応するチェック項目です。事故予防体制と記録管理フローを中心に確認します。
□ 6. 事故を未然に防ぐためのマニュアル(手順書・対応フロー)が整備されているか □ 7. 研修の実施計画やヒヤリハット情報の共有・活用の仕組みが運用されているか □ 8. 6種類の記録(訪問看護記録書・指示書・計画書・報告書・情報提供書・連絡調整記録)が、すべて整備・管理されているか □ 9. 完結の日から2年間の保存ルールが、現場で確実に徹底されているか □ 10. 記録を「正確かつ最新の内容」に保つための更新フローや責任者が明確になっているか
チェック結果の活用
10項目のうち1つでも「✓」が付かない項目があれば、施行までに対応が必要です。特に、コンプライアンス編の項目3〜5は、過去の取引や慣行の見直しが必要となるケースもあります。早期の点検を推奨します。
なお、項目8・9・10については、紙ベースでの管理に限界がある場合、タブレット端末や電子カルテシステムの導入も検討する価値があります。ただし、デジタル化の有無は本改定の要件ではなく、あくまで運用効率化のための手段です。
訪問看護事業者が今すぐ取り組むべき準備
令和8年度診療報酬改定における指定訪問看護の運営基準見直しは、事業者のコンプライアンス強化と提供体制の透明性向上を目的としています。指定訪問看護事業者は、これらの改正内容を正確に理解し、施行に向けた体制整備を計画的に進めることが求められます。
まず取り組むべきは、本記事のチェックリスト10項目を用いた現状把握です。次に、不足している項目について、優先順位をつけて対応計画を立てます。最後に、計画に基づいて、現場スタッフへの教育や業務フローの見直しを進めます。
規制強化を「負担」ではなく、事業の透明性と信頼性を高める「組織のアップグレード」の契機として捉えることが、長期的な事業継続の鍵となります。
本件に関する詳細な解説は、LISTENのポッドキャストエピソードでも配信しています。あわせてご活用ください。